第2回 田畑 実 戯曲賞

選考結果

受賞作
『ここは出口ではない』
中村大地 作

佳作
『うなぎを食べたい河童』
豊島照久 作

今回は58編の応募作品がありましたが、皆さま、ありがとうございました。選考期間の3ヶ月間、たくさんの物語に出会え、大変面白くて楽しい一時を過ごさせていただき、至福の毎日でした。

さて、この中からどれかを選び出さねばならないとなると、どれも捨て難くて、私の中では、皆さまに賞をお贈りしたい思いです。皆さまの大切な作品はしっかり受け止めさせていただき、今後の私共の上演候補作品として残してゆく所存ですが、その時はよろしくお願いいたします。

とりあえず、今回は次の作品が受賞作に選ばれました。
選考委員が違えば選ばれる作品も違ってくるようなところがあります。これからも自信をお持ちになってご自分の作品を発表されて行かれることを願って止みません。

2019年7月4日
人間座 菱井喜美子

選考委員
山口浩章氏(このしたやみ)
田辺 剛氏(下鴨車窓)

選考経過と選評

〈選考経過〉⽥辺剛(劇作家)

第2回⽥畑実戯曲賞の最終選考会は 2019年7⽉2⽇に⼈間座スタジオで⾏われた。今回の応募は 58作品と昨年より⼤幅に増えた。審査は昨年と同様に⼈間座の菱井喜美⼦、劇作家の⽥辺剛、演出家の⼭⼝浩章によって⾏われた。
まず、全作品を読んだなかから受賞に推す作品、あるいは議論の俎上に載せるべき作品を三⼈それぞれが挙げるところから始まった。⼀⼈でも挙げる作品があればそれについて議論をすることとして17作品が議論の対象となり、それら⼀作品ずつ話し合いを重ねてさらに以下の9作品に絞り込まれた。作家の五⼗⾳順で、刈⾺カオス『猫がいない』、北島淳『たちぎれ線⾹売りの少⼥』、タナカマナミ『葦』、豊島照久『うなぎを⾷べたい河童』、⻑尾ジョージ『光陰⽮の如し、浮かべよ少年』、中村⼤地『ここは出⼝ではない』、⻄尾佳織『わたしたちの家』、平井寛⼈『⾬のパ! ―踊る⼦猫と幽恋』、吉村健三『靴を失くして』。休憩を挟んで投票を⾏って最終選考作品を選ぶこととした。上位四作品は『たちぎれ線⾹売りの少⼥』、『うなぎを⾷べたい河童』、『ここは出⼝ではない』、『靴を失くして』だった。
菱井は『光陰⽮の如し、浮かべよ少年』について、作劇の技術が優れていて⼤⼈のためのエンターテイメント作品として成⽴していると⾼く評価しこだわりを⾒せたが最終候補としては外されることとなった。
⽥辺が今回は受賞作として積極的に推せるものがなく「該当なし」ではどうかと提案したが、菱井はむしろ⼀作に絞り込むのが難しく受賞作を⼆作出せないかと、⼭⼝は昨年の候補作の⽅が良いものが多かったと認めるものの「該当なし」には同意せず、受賞作を出すこととなった。
最終候補作のなかで議論が伯仲したのは『ここは出⼝ではない』と『うなぎを⾷べたい河童』だった。前者については菱井⼭⼝両⽒の解釈論議が盛り上がった。菱井が複雑につながる⼈間関係が巧みに描かれていると⾼く評価し受賞作として推した。⼭⼝も⽣と死や個⼈の境界も曖昧になっているところが魅⼒と語った。⽥辺は会話が漫然と続く印象が強くそもそも議論の対象から外されてよいと考えていたが⼆⼈の解釈論議を聞いて⾃分には気がつかなかった魅⼒があるのかもしれないと認めた。後者については⼭⼝が登場⼈物の⾔動や物語の構成の⽀離滅裂さが衝撃的だったと発⾔、その不条理な内容やセリフ運びも合わせて⾼く評価し受賞作として推した。⽥辺もまったく先の読めない展開に惹きつけられあまりの不条理さに今回の候補作のなかで唯⼀笑ったと評価した。⼀⽅菱井は筆⼒の⾼さは認めるもののその世界観は受け⼊れがたいと難⾊を⽰した。
『たちぎれ線⾹売りの少⼥』については、原案となる童話や落語と対峙しながらしっかりとした構造の不条理作品を作ったという良い評価とその構造を型にはまっているとする消極的な評価があった。『靴を失くして』については、認知症の⽼⼈を描くのに⽚⽅の靴がなくされているというアイデアが評価され菱井は上演すると⾯⽩いだろうと評した。菱井は『ここは出⼝ではない』と『たちぎれ線⾹売りの少⼥』の同時受賞を提案したが他⼆⼈の同意は得られず、⼀⽅『うなぎを⾷べたい河童』が選に漏れるのは受け⼊れられないと⼭⼝。ただ菱井は『うなぎを⾷べたい河童』の受賞には反対し⽥辺も同調した。それからも議論は続き、最終的に『ここは出⼝ではない』を受賞作とし『うなぎを⾷べたい河童』を佳作とすることで合意した。昨年から応募数が増えたこともあるが議論もまた⽩熱したものになったのが印象深かった。

〈講評〉⽥辺剛(劇作家)

豊島照久さんの『うなぎを⾷べたい河童』では、ガンを患い余命いくばくもない男や夫に暴⼒を受ける⼥が放⽕を企てる。その⼈物の描写は追い詰められ苦悩するようなものではなく、そうすることがごく⾃然な成り⾏きであるかのように淡々とあるいは堂々としている。⼈物らに届けられる特上うなぎや「⾃⼰責任」というキーワード、観客には⾒えない少⼥などさまざまな題材が練りこまれているその物語は不条理な構成と⽀離滅裂なセリフによって貫かれている。そうして作品を描き切った作家の筆⼒に感嘆した。先の読めない展開に笑いつつ惹きつけられた。ただ、追い詰められた⼈々の抗うさまを不条理かつコミカルに描こうとする意図は実現されたとは思うけれど、その果てに読者がどこかに連れていかれたのかと⾔うと頼りない。作品から何かしらのイメージを読者のなかに想起させるには題材が多すぎたのかもしれない。また、確かにセリフの⽀離滅裂さは魅⼒ではあるけれど、それは素朴に粗いということと紙⼀重のところで成り⽴っていて、さらに洗練されるとこの劇世界独特の匂いがもっとはっきりするのだろう。そうした点から受賞には積極的に賛成しなかったが佳作が設けられたのは良かったと思う。
中村⼤地さんの『ここは出⼝ではない』は、ところどころ失われている登場⼈物の記憶や閉まっているコンビニなど何かが少し⽋けている世界の⼀晩の物語だが、死者と⽣きる者の境界線や⼈間関係の距離を取り払ってみれば漫然とした会話が続くほかないように思われた。居合わせた者らが不条理な夢の再現を試みるところでは独特な匂いの空気が⽣まれて場が動きそうで惹きつけられたが、それは朝の到来とともに消えていく。劇世界全体の曖昧さがわたしにはそれほど魅⼒があるように感じられなかった。ただ、選考会の場で他のお⼆⼈の活発な解釈論議を聞いて受賞には反対しなかった。刈⾺カオスさんの『猫がいない』の村や地下室という場所の設定、北島淳さんの『たちぎれ線⾹売りの少⼥』における独特な物語の確かさ、⻄尾佳織さんの『わたしたちの家』における不在の者へ向けられた眼差し、タナカマナミさんの『葦』が喚起する川の⾵景、平井寛⼈さんの『⾬のパ! ―踊る⼦猫と幽恋』の圧倒するテキストの分量と濃密な劇世界、そして吉村健三さんの『靴を失くして』では失われた⽚⽅の靴というアイデアから認知症の⽼⼈を描こうとする⽬論⾒など、それぞれの作品にハッとさせられるところはあって、そうした点で候補作の彩りは豊かに思われたが、いずれもその魅⼒が持続しなかったり⼩さくまとまってしまうのが残念だった。

〈講評〉⼭⼝浩章(演出家)

昨年に引き続き、劇作家の⽥辺剛さんと共に⼈間座の⽥畑実戯曲賞の選考をさせていただくこととなりました。応募作品数は昨年の34作品から58作品と増え、賞の⽴ち上げから関わらせていただいた⾝としては嬉しく思い、応募してくださった皆様には、この場を借りて、敬意と感謝をお伝えしたいと思います。
受賞作品に選ばれたのは、中村⼤地さんの『ここは出⼝ではない』で、タイトルからはサルトルの『出⼝なし』を想起させるが、この作品も 4 ⼈の登場⼈物による、「死」をテーマにした話である。とは⾔っても、ぎすぎすした感じや、地獄のような雰囲気ではなく、どちらかというと、登場⼈物 A と B のごく普通の穏やかな⽇常⽣活のように始まる。そこへ話題となっている死者 C が普通に訪ねて来て、会話する。はじめこそ訪ねられた⽅は疑問を持つが、会話も飲⾷も触れもする死者と、当たり前のように話していく。「⽣」と「死」の境界線が取り払われたような世界で会話は進む。途中帰れなくなったもう⼀⼈の⼈物 Dが A の家に泊まることになるが、そこもさしたる抵抗もなく会話に⼊っていく。⼀⾒すると始発が動き出すまでの、無意味なお喋りのようだが、A の記憶はなぜ頻繁に失われるのか、原因不明の停電はなんなのか、実は最初から「コンビニがやってない」という異常は提⽰されていて、物語世界がいびつに歪んでいるような、終末と現世の境界線のような雰囲気がずっと漂っている作品でした。
受賞には⾄りませんでしたが、応募作品の中でひときわ⽬を引いたのが、豊島照久さんの『うなぎを⾷べたい河童』でした。独特の⽂体を持った作品で、時空間が⼊り乱れたり、登場⼈物の特異性や、観客からは⾒えないみゆきやウェイトレスの存在など⼀読しただけでは解き明かせない演劇⾔語がちりばめられているが、会話のコミカルさや、不思議なアンバランスさに惹きつけられる作品で、どうしても何もなしでは済まされないと「佳作」という賞を急きょ作っていただきました。
北島淳さんの「たちぎれ線⾹売りの少⼥」は曖昧な時空間の曖昧さそのものが魅⼒な作品。彼岸と此岸をにおわせながら、どこへ⾏くともない。⼥ 1 と 2 は男 1 の妻娘かなど想像⼒を喚起させられる要素も多く、会話そのもののリズムがよく、飽きさせず魅せる⼒がある作品でした。
上記三作品はどの作品も魅⼒的で、審査員の中でも意⾒の分かれる所でした。その他に吉村健三さんの『靴を失くして』、池上泰三さんの『九⽉の動物たち』、タナカマナミさんの『葦』、殿井歩さんの『ユートピアたより』、平井寛⼈さんの『⾬のパ!−踊る⼦猫と幽恋』はそれぞれ特筆すべき作品でした。
最後に、応募していただいたすべての作家の皆さんに御礼申し上げるとともに、今後のご活躍をお祈り申し上げます。